言波(ことのは)語りブログ

言波導(しるべ)が物書きと感想文で自由に語ります

最悪な人生

こんにちわ!言波導(ことのはしるべ)です!

導君は最悪な人生だ。

はたからすれば、なにが1995年生まれの23歳の若造が

自分の人生をもう決めつけているんだと言うだろう。

だが

最悪な人生なんだ。

 

保育園の頃は保育園いる時は楽しかっただろう。

しかし家に帰って父親も帰って来たら

時にだが父親が機嫌を悪くして導君を殴って来た

抵抗もしたが無力だった。

殴られる度に死にたかった。

 

小学生の頃は入学して学童保育も導君チはあった。

そして児童館に行くや否や

1つ上の学年の生徒に「○○(姉の名前)の弟だな?」と

尋ねられて、集団で暴行を受けイジメられるなどした

抵抗もしたが無力だった。

イジメを受けるのと父親の殴って来る度に死にたかった

このイジメの経験は忘れない。

そして導君の書いた小説『殺害予告者の閉鎖病室1212』の

主人公菊川広にも過去の体験談としても作品に反映させている

 

kotonohasirube.hatenablog.com

 

 

小学生中学年の頃は、激しいかんしゃくや、集団行動を得意としなかった為

問題児扱いされていた。他に問題行為も起こしていたが

1つ上と1つ下の学年の方が荒んでいた。しかしこれは導君の問題だった。

その為母親によく怒られていた。この頃弟も小学生になっていたので

弟の学年を囲い、導君をイジメた1つ上の学年の生徒への復讐を企てていた。

弟の学年を調教もしようとしたが言う事を聞かず無力だった。

父親の時にある暴力と母親の激怒をくらう度に死にたかった

 

小学生高学年の頃は導君が何かと問題を起こすと

「支援クラスに行くか?」と威圧的かつ怒りながら言って来る母親と

日々を過ごしていたと言っても過言では無い。

しかし同級生の女の子に恋をしていたのも覚えている

しかし家に帰れば怒られるというストレスで自殺未遂の未遂を経験した。

学校の屋上から飛び降り自殺をすることを何度も頭の中でシュミレーションした。

実際には屋上のフェンスを越えることは無かった。

しかし母親に怒られる度死にたかった

 

中学生の頃は小学生の頃に何度も「支援クラスにいくか?」と言われ、導君は

痺れを切らし「行ってやる」と言って半分反発精神を持って合意して

支援クラスに通うことになった。しかし

小学生の頃の同級生と数名同じ学校でも同じ勉強は出来ないんだ

そう思う度に死にたかった

しかし導君が中学生になる頃にある小学校で児童が屋上の天窓の

ガラスに寄り掛かった時にガラスが割れ児童が落ち、死亡するという痛ましい事故が

あった。その為それから様々な学校で屋上の立ち入りは禁止され

学校の屋上からの飛び降り自殺は出来なくなった。

もっと早い内に死ねば良かったと死にたくなった

 

そうして中学時代を希死念慮と共に過ごし

高校はチャレンジスクールという不登校を経験した学生が勉強の遅れを

取り戻す為の学校に受験をした。導君は不登校では無かったが

支援クラスにいたことから通常級の生徒と学力差があった。

その為チャレンジスクールに受けたが不合格

死にたかった

なぜなら高等部の特別支援学校に行くことになっていたからだ

 

死にたかった

小学生の頃の同級生はみんな平凡かエリートの高校に進んでいるのに

導君だけ人生堕ちて行くばかり

そして中退した。

なぜなら

最後ぐらい通常級の生徒と勉強したかったからだ

改めて別のチャレンジスクールを受けたものの不合格

死にたかった

同じ時期に通信制高校に受験

結果は不合格

死にたかった

 

そうして一浪した

死にたかった

 

そのあとは私立の通常級の高校に入学した

20歳になる19歳の年の頃だ。2015年のことだ

そして色々な困難や壁に当たって行きながらも無事卒業した

3年生である2017年の夏休み頃、今まで小児科で全ての病状を診てもらっていたが

精神科に移ることを決めた。

小児科の先生は来づらいと感じるまで来ていいと言っていた。

導君は20も超えたし、そろそろ受診する科を変えようと思った。

そうしたら検査入院しましょうってなって、好きなゲームレインボーシックスシージがしばらく出来なくなる。そう思い、徹夜して満喫するまでゲームをした。

そして入院当日当然寝不足でふらついている為、途中から車イス移動になり病室のベッドに寝かさせられた。それで爆睡し入院中の生活の説明を聞けなかった。

2日も経ち、お風呂に入れずにいたのがストレスで夜中に病棟内を徘徊した。

ナースさんに「どうしたの?」と聞かれ、周りの物を床に叩きつけたりした。

導君は風呂を2日も入れさせないお前らが悪いんだと思いながら抗議の意思を表したが

はたから見れば暴れているだけ。落ち着かせないと。とんぷく薬で寝かせよう

と思うはずだ。しかし突然訳も分からない薬を飲ませられるのは誰だって

不本意だ。飲むのを拒むと身体拘束された。

人生初の身体拘束だ!\(^o^)/死にたくなった

そんなこんなで予定より入院が長引いたものの無事退院。

そして

色々あったなと振り返りながら高校を卒業して

初めて生きていて良かったと思った。2018年3月11日のことだ

 

そしてあることから2018年6月下旬入院することになった

9月まで入院した。途中人生二度目の身体拘束があった\(^o^)/その時は死にたかった

 

2019年5月6日Twitterのフォロワーの激減によりショックを受け

最寄り駅のホームドアを乗り越え自殺することに。しかし未遂で終わる

 

希死念慮にまみれた最悪な人生だよ。毎年

死のうとしているか入院している

導君も幸せな人生を歩みたいです

Twitterやってない人も中にはいるだろう

分かりやすく言えばブログの読者が減って行ってしまう程

ショックなことが2019年5月6日に起きたんだ

最後に

繋がる時は先に繋がって来た側が責任を持とうね

 

導君の過去に触れている似ているような記事

 

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