言波(ことのは)語りブログ

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【小説】「殺害予告者の閉鎖病室1212」第6部

殺害予告者の閉鎖病室1212第6部

第23幕靴ずれする程歩いたそして新たな宿題
7月11日水曜日・
広日記『1時50分・2時30分・6時20分起床』
広日記『7時3分朝食が届いたアナウンス』
広日記『7時14分朝食が運び込まれる。パン、ポトフ、オレンジ、牛乳、お茶。』
広日記『7時38分朝食完食』
広日記『10時25分MRI検査に呼ばれる』
広日記『11時検査終了。』
広日記『11時5分病棟の隔離室に戻り、隔離の開放時間になっていたので重たい扉は開かれた。そして昼食と検温を挟んで病棟内を歩いた。』
広日記『15時隔離の開放時間も終わり、重い扉は閉ざされた。今日もめいっぱい歩いた。途中休みがてら隔離室に戻り、隔離室に置いてあるお菓子を食べたり、病棟内を歩き周ったり、多目的室の大きな窓の際に寝転んだりしたり、隔離の開放時間外にあえてお風呂の予約を取ったり、日頃サンダルで歩いているせいかクツずれして足の皮が少し、はがれてしまったのでナースさんにバンソウコウを貼ってもらった。そして多目的室で寝転んでいた際に、成田先生が来た。成田先生「そこで寝ていると落っこちたら危ないし、ナースさんが具合が悪いんじゃないかと心配するし、他の患者さんもビックリするよ」と言われたので私は「大丈夫ココ日当たり良いから」と答えた。成田先生は「いや、そういう問題じゃないけど仕方ない」と言って、少し諦めた口調だった。成田先生は気を持ち直し続けて「今日は調子どう?眠れた?」と聞いて来た。私は「夜中に二回起きて、すぐ寝れたけどいつもより、夜中に目覚める回数は多かった」と答えた。成田先生は「分かった。あとで部屋に行くね」と言って会話は終わった。』
広日記『16時・16時になって成田先生が隔離室にやって来た。』
成田「日記の調子はどんな感じ?」
広「そう言えばこの前波姉と面会で話した時に、SNSのフォロワーが減る理由と維持の仕方を教えてもらって紙にメモして作ったのがある」
成田「ほう、お姉さんとそんな物作っていたんだ。見せてもらっても良いかな?」
広は姉波音と作ったメモを成田先生に手渡し見せた。
成田「なるほど。フォロワーが減る理由・興味が無くなったから、欲しい情報ではないから、投稿の統一性がない・自分の発信したいことを発信したいアカウントで発信する。そうすることでフォロワーの維持になる・フォローの目的、興味、情報、それを満たしてあげる為にアカウントを使い分けるか。悪く無い考え方だと思うよ。でも先生の考えからすると、この考え方はただ自己顕示欲を満たしたいだけにも感じ取れるけど、どうなのよ」
広「SNSは自分を社会に発信して行くツールだから、そんなもんだと思うよ」
成田「じゃあまた宿題出してもいいかな?」
成田は広の紙とシャーペンを借りて宿題を作り出した。『SNSをやっていて良かったこと、楽しかった思い出・やっていて悪かったこと、嫌だった思い出』と紙の両面を使ってメリットの部分とデメリットの部分を書き分けた。
その宿題を提出された広は「矛盾がある」と答えた。
成田「矛盾?」
広「人と繋がり、会う事も出来るけど、危険な経験もする。そういう矛盾」
成田「あるほどハイリスクハイリターンって事だね」
広「学生の頃、学校である先生が授業中に、雑談で言っていた。知人でSNS繋がりの人と結婚したカップルを知っていると」
成田「へぇ時代なんだね。昔は大学のサークルに入らないと厳しいところがあった」
広「でも恋愛までもSNSで出来るけどリスクもある」
成田「そうだね」
ナース「お風呂の時間ですよ…あっ、お話しされていました?ごめんなさい」
成田「いいよ。ちょうど切りの良いところで終わったから。お風呂行っておいで。そして宿題よろしく~今度は13日に話そうね」
広日記『16時25分お古に呼ばれる』
広日記『16時33分入浴』
広日記『17時15分隔離室に戻る』
広日記『17時22分母面会に来る』
海里「暑い!暑い!外に出ると暑いから滝のように汗が出る。それであと昨日波音と一緒にウサギの画像を見て何を飼うとしたら良いか話し合っていたんだ」
そしてウサギの画像を見せられる広。
海里「このウサギなんか可愛いでしょ」と海里は広に勧めて来るが、広は飼う気はやはり涌かない。そして靴ずれしてむけた足の皮と接がれたバンソウコウに気づいた海里は「それどうしたの?」と広に聞いた。
広は「歩く事が増えたせいか、靴ずれしたと思う」とお説明した。
海里「そっか痛そう。それで明日はお墓参りに行こうと思っているから、明日は面会に来れない」
広は(明後日はお墓参りの話しでもされるのだろう。しかし明日は海里は面会に来ないけど、結局海里はほぼ毎日電車に乗ってどこかに向かっているな)と思った。明日来れないという事を言った海里は「ママも歩いている事が増えたから足に水ぶくれが出来そうになっている」と言った。
広は(お互い歩く事が少なかった人間同士、足に変化があるようだな)と思った。
広日記『17時36分夕食が届いたアナウンス』
広「やっぱり入院している事を連絡したい」
海里「それは出来ない。やめた方良い」
広「でも所属している創作団体の代表さんにだけでも連絡させて欲しい」
海里「そっか、それならまだ良いかな。でも連絡する内容はママにも見せてから送ってね」
広「分かった」
広日記『17時44分夕食が運び込まれる。白米、蒸し鶏、昆布の炒り煮、かぼちゃチーズ焼き、お茶。』
海里「今日保健所に行って来て、保健福祉士さんと会話して来たよ。そして広の生い立ちとかを話したら、保健福祉士さんが「よく子育て頑張って来ました。それで広さんも頑張って生きて来ました」って言っていたよ」
広「保健福祉士さんとの繋がりが退院のステップの一つになるの?」
海里「保健福祉士さんは居場所を提示してくれるよう相談して乗ってくれる人だから退院後の居場所になるかと言うと微妙。今度成田先生に相談してみたら?」
広「今度13日の金曜日に成田先生と話す事になっているし、またそれに宿題出された。さっき出されたからまだ白紙だけどね」
広は宿題の『SNSをやっていて良かったこと、楽しかった思い出・やっていて悪かったこと、嫌だったこと』を海里に見せた。そして提出された時の会話の内容も簡単に説明した。
海里「じゃあ金曜日までに間に合うように頑張って」
広日記『18時25分夕食後の薬を配るアナウンス』
広日記『18時39分夕食後の薬が来る。白米、かぼちゃ残す。ついでに薬持って来たナースさんに食器の片付けを頼む。』
その後海里がナースステーションに行き、ナースに頼み広の通信機器を一時的に返してもらい、広は海里の指示の元所属している創作団体の代表のみとの連絡が許され、他の操作は許されず、一方通行になるが、所属している創作団体の代表に『現在入院していて通信が出来ないので、可能になったらSNSを通じて創作活動を再開します。』とメッセージを送った。そしてすぐ通信機器の電源は海里から切るように言われ、またナースステーションに通信機器は預けられた。
広は久しぶりにだが僅かに通信機器に触れ、必要最低限の相手に入院している事を連絡が出来て、安堵の表情を見せた。
海里「なんだか安心して嬉しそうな顔しているよ広」
広「うんまあね」
海里「じゃあ少し歩こうか。歩くのは大事だからね!」
そうして病棟内を少し歩き周ったあと、2人は多目的室に入って行った。多目的室では家族の事のたわいもない話しをして過ごした。それでフォロワーの確認をした。メインアカウントは82から80に減っていた。創作アカウントは1アカウント減っていたのがまた1アカウント増え元のフォロワー数になっていた。創作アカウントに関しては2人共何故戻ったのか疑問に思った。そして海里は「創作アカウントだけでも大事にしなさい」と言った。広はその言葉が気に食わなかった。メインでやって来たアカウントを捨てろ。そんなものどうでもいいと言われた気がしたからだ。だから広は「どっちのアカウントも大切。だからどっちも作ってあって存在しているんだよ。両方大事なんだよそっちの方が思い出が詰まっている。そんな言い方しないで」と。
広日記『19時55分面会終了まで5分前のアナウンス』
そして隔離室に戻り別れ際握手だけして面会が終わった。

 

第24幕身体拘束
7月12日木曜日・
広日記『4時起床ヒマだったので横になり壁をトントンと蹴っていたら、となりの病室から苦情が入ったのかナースさんが来て、とんぷくを飲まされて眠らせられた。』
遅くなったが広の隔離室での生活環境は6月27日に物の持ち込みは可能となったが、その時までマットレスと掛け布団だけだった。その後隔離室は、ほぼそのままの状態で7月9日にマットレスが二枚になり、ダブルベッドのように広は活用していた。机はマットレスで座って食事しても良いように段ボールで出来た机で広は過ごしていた。別に面会者用にイスと机はあったが広は、マットレスからの移動が面倒で使用する事は滅多に無かった。これが広の隔離室での生活環境の一部だ。
広日記『12時起床とんぷくのせいか寝起きがボーとしていた。』
広日記『12時5分昼食が届いたアナウンス』
広日記『12時13分昼食が運び込まれる。スパゲッティー、サラダ、フルーツと寒天ゼリー、お茶。』
広日記『12時33分昼食完食。自分で食器を運び、はいぜん台に片付ける。』
広日記『12時40分昼食後の薬を配るのと検温するアナウンス。検温をやりに行く。』
広日記『15時起きた時間が昼食の時間だったのもあり、食べ終わってからは病棟内を歩き周った。時に休みがてら多目的室の大きな窓から景色を見て、今日も時間いっぱい歩き周った。15時になり隔離室に戻ったものの、しばらく誰も重たい扉を閉めに来なかったが中で、大人しく閉まるのを待っていた。』
広日記『16時47分お風呂に呼ばれる』
広日記『16時54分入浴』
広日記『17時15分隔離室に戻る』
広日記『17時33分夕食が届いたアナウンス』
広日記『17時夕食が運び込まれる。白米、サバの塩焼き、里イモと大根の煮物、白菜の酢物、お茶』
広日記『18時5分白米だけ残した』
広日記『18時32分夕食後の薬を配るアナウンス』
広日記『18時38分夕食後の薬来る。夕食の食器をナースさんに片付けてもらうように頼む』
広日記『19時55分面会終了まで5分前のアナウンス』
広日記『20時30分寝る前の薬を配るアナウンス』
広日記『20時32分寝る前の薬来る』
広日記『21時21分消灯の為明かり消される』こうして広は何気ない一日を過ごした。
7月13日金曜日・
広日記『3時50分起床。思えば1212号室の隔離室は窓から空も景色も見ることが出来る。我が家の私の部屋に戻れば通信も部屋の出入りも当然自由だが、私の部屋は1階で窓には防犯と目隠しの為か雨戸が固定して取り付けられている。その為朝になっても陽の光も目に入らない程だし、外の景色も当然見ることが出来ない。所詮出歩くことも少なかったんだ。今も家の中に居た頃としても、牢屋の中に居たことに変わりなかったのだろう。まだ成田先生からの宿題『SNSについて』を終わらせてない。終わらせるとしよう。』
SNSについて・やっていて良かったこと、楽しかった思い出・同じ共通点や思考や趣味の人と繋がられる、会おうと思えば連絡して会うことが出来る、自己発信出来て自己発信の快感が得られる、情報の取得が早く出来る、素敵と思えるものを見つけられる、知らなかったことや興味関心が増える・SNSについて・悪かったこと、イヤだった思い出・同じ共通点や思考や趣味が変わると繋がりが無くなる、実際に会って危険な経験をする可能性、思考が偏る、個人情報を晒しかねない、誤った情報が拡散されている可能性、不快なものを見てしまう、知らなくて良かったことを知り興味関心が薄くなる』
広日記『5時50分SNSについての宿題はこんなものだろうか。あとはこのメモを成田先生に見せながら今日は話し合うだけだ。波姉と話したことと今までの経験上からでまとめてみた。あと一つ悪かったことに加えるとしたら、「不快な思いをさせてしまった」だろう。これは私の罪なのだ。』
広日記『7時精神科病棟に朝食が届いたアナウンス』
広日記『7時10分1212号室の隔離室に朝食が運び込まれる。白米、旬彩卵、白菜の煮浸し、みそ汁、牛乳、お茶。』
広日記『7時32分朝食後の薬を配るアナウンスが流れる。白米だけ残す』
9時頃・最初の退院予定日から10日が過ぎていると、広は手帳の入院何日目という自分の記録で知り、早く退院したい思いが募り始めこの隔離室から早く出たくなり、この気持ちをどこにもぶつけられない為、重い扉を蹴り、壁を殴り、蹴り、広は暴れまくった。ナースが来て落ち着くようになだめにも来たし、壁に取り付けられているナースコールを押してナースが出た瞬時にナースコールを叩いて、暴れている事を絶賛暴れ中のアピールをもした。それでもココから出て早く退院したい気持ちは本物だった為暴れていた。
11時頃隔離の開放時間だが、あまりにも暴れ続けていた為、隔離の事について担当している医師が来て、「これよりあなたを24時間隔離します」と言った。
当然広は「ココから出せよ!早く退院させろよ!」と怒号を上げた。
医師は冷静に「暴れている以上出来ません」と言い放ち隔離室の重たい扉を閉めた。
広は(24時間の隔離ということは今日は病棟に出られない。しかしこの隔離の行為は私にとって逆効果なんだよ!)と思った。広はより一層暴れた。ナースコールを押して「出せ!」と叫んだり、マットレスを壁に立て掛けて勢い良く蹴りつけもした。一連の暴走を繰り返し、12時頃の昼食時にナースコールでナースが「お昼ご飯食べますか」と聞いて来たものの、広は「要らない!」と言って暴れるのを再開した。
13時~14時頃・広はもう出られない事がイヤになり、ナースコールを押して「自殺する」と言った。広はこの病院に自殺まで追い詰められたと思いながら自殺を宣言して、着ていた長袖のシャツを脱ぎ、その長袖シャツで自分の首を絞めた。その瞬間とっさにナースや医師や広の担当の成田先生や広が信頼している長渕ナース計6名、7名の大人が隔離室に駆け込んで来た。
広は(こうでもしなければ誰も患者と本気で向き合わないのか)と思った。(ただ隔離して放置していれば良いという考えは治療とは言わないぞ)とも思った。そして
成田先生から「約束通り拘束だね」と言う言葉が発せられた。しかし
広は「イヤだ」と言った。すると長渕ナースが尻もちついて床に座って立て掛けてあるマットレスに寄り掛かっている広に歩み寄りしゃがんだ。そして「自殺しようとしちゃったし今回は拘束するしか無い」と言った。
広は「ここから出して欲しい。早く退院したい」と言った。
成田先生は「退院するのに視野が狭くなっているね」と言った。拘束用のベッドが来て、移るように言われる広。やはりそれでも
広は「イヤだ」と拒否をする。
他の医師が「今回は隔離すると言っても暴れ続け自殺まで図ろうとしたんだから仕方ないよ」と言う。
それでも広は「イヤだ」の一点張り。
しかし半ば強制的にベッドに移されそうになり広は「やめて。放して!」と大人数相手に抵抗する中、小学低学年の頃一つ上の学年からイジメられていた頃の記憶がフラッシュバックしていた。そして抵抗虚しく、抑えられながら手と胴を拘束されてしまった。その後鎮静剤などの注射をされ拘束後の処理をするナース達。広は次第に意識を保つ必要性を感じず眠った。
とある時間・一人すすり泣く、泣き声が聞こえ、広は意識を覚ます。薄く目を開くと母海里が、広の拘束された姿を見て泣いて居た。(拘束直後成田先生が「お母さんに拘束した事を連絡しました」とかって言ってな)と広は思い、(夕方来るとも聞いてたし面会時間に海里が来てくれたのだろう)と思いながら母海里の泣く姿を最後に目にしてまたすぐ眠った。

 

第25幕もはやこれは治療の為の拘束になってない
7月14日土曜日・
広日記『9時頃ナースさん達の尿の排水が長時間されていないという会話で意識が覚め、お腹を押され尿瓶に尿を出させようとナースさん達がしていた。私が起きたから排水の為拘束が解かれた。』
広日記『9時21分病室には時計もなくなり時間が分からずにいたが、隔離室内にあるトイレの便座に座った時に、ナースさんに時間を聞いて時間が判明。その排水後、身体拘束をされた。』
広日記『12時いつものように病棟に昼食が届いたアナウンスが流れ、数分後に隔離室に昼食が運び込まれナースさんによって手の拘束が外され、昼食を食す。丸一日振りの食事だが、さほど空腹ではなかった。それでも完食して食器を、片付けてもらえるまでの間、手の自由を感じていた。ナースさんが来て手の拘束をして食器を片付ける。身動きの自由も無く、することもない。拘束されて苦痛を感じるならと思い、眠ることにした。昼食が来る前も、ひたすら眠り寝ている間、夢を見た。しかしナースさんの声などで、意識が覚めて、夢から拘束されているという現実に、引き戻される。もはや殺害予告の件について反省もしていると言うのに、いつまでも私を隔離室に閉じ込めている病院は、治療の域を超えている。これは単なる監禁だ。もう耐えられない。無理やりでも退院したい。延び続ける入院期間にイヤ気がさす。』
広日記『時間不明・私は眠りについて夢へ現実逃避をしていた。成田先生が来て私の様子を見に来た為、私はわずかに意識を覚まし、成田先生の言葉に耳やって聞いた。成田先生「伝える事は二つ。火曜日まで用事があって来ません。それと寝る前の薬を増やしました。それじゃ」と言って伝えるだけのことを伝えて去って行った。私は眠くてもうろうとしていて、返す言葉も見つからず成田先生の言葉に、私は「はい」とだけ返して眠った。』
広日記『14時頃波姉が面会に来た。波姉「来たよ。面会時間の時だけ手の拘束が外れるみたいだよ」と話し掛けられるも私は、またすぐ眠ってしまった。』
広日記『15時頃夢から覚めてせっかく波姉が来て面会時は手の拘束がなくなるので、起きて会話でもしたいと思い、起きることにした。波姉「おっ起きた」私は成田先生が次の火曜日まで来ないことを伝え、当然のように私は胸に溜め込んでいた思いを言った。「退院させて欲しい。もはやこれは治療の為の拘束になってない」と言う風に話した。すると波姉も「逆効果だよね」と言いながら涙を流した。そして続けて「それでも週明けして火曜日を待とう」と言った。私は「もう待てない。今日にでも退院させて欲しい」と言ったが波姉は「親と先生が認めないと出来ない」と言った。私は「海里を呼んで欲しい」と言う。波姉からは後から海里も来ると聞いていたが、待ち切れなかった。だから連絡して、呼んでと言ったのだ。波姉は「海里は広が拘束されてショックで眠れてない。返信も来なくなったし寝てしまったのだろう」と海里を気づかっているように言った。しかし私にはそんな余裕は無い。』
広日記『17時から19時こうして波姉が面会に来て、手の拘束が外れている内に昨日から今日までのことを日記に書けた。しかし海里は来る気配は無い。今日は来ないのだろう。波姉とは17時過ぎても退院のことについて話し合った。波姉は「火曜日まで試されていると思ってしんぼうしよう」と言った。それとナースさんにも伝えた案で、拘束を少しでもゆるめて欲しいと。ナースさんは「考えておく」と言っただけでゆるめてはくれなかった。それと波姉は「自分の妹が拘束されていることは自分自身ツラいことだよ」と退院のことについて話し合っている時に言っていた。波姉は他にも「お姉ちゃんも海里も広と同じくツラい。今は一緒に戦っているよ」と言っていた。面会時間外に、なれば今日の分の日記は、これ以上書けなくなるだろう。だけれど波姉は面会終了まで居てくれるらしい。』
広日記『19時47分波姉から時間を教えてもらった。そして波姉は「イラついたりしたらナースさんを呼ぶんだよ。一人で暴れてワーとなっちゃうと退院までがさらに、あと延ばしになっちゃうよ」と言った。』
広日記『19時55分面会終了まで5分前のアナウンスが流れても波姉は居てくれた。私は「今日一日居てくれてありがとう」と伝えた。波姉は「全然大丈夫だよ。むしろ病院外に居ても心配だからさ。明日は海里も来ると思う。そしてお姉ちゃんも来ると思う」と言った。』
広日記『20時波姉と別れ際ハグして「またね」と言って別れた。』
そのあとナースさんが来て、手の拘束をしようとしたが、広は無理強いを言って最後まで日記を書かせてもらった。

 

第26幕鎮魂の夢
7月15日日曜日・
広は起床時、見た夢が印象的で忘れる前にと思い、手元のナースを呼ぶ為の呼び鈴を鳴らした。そして5分だけというナースからの約束の元、広はナースに頼み手の拘束を外してもらい、日記を書かせてもらった。広日記『5時50分夢、バスに乗っていた。バスはバス停に止まった。私は降りた。アパート名前不明○○○荘ピアノの音聞こえて来る。音の元探す。他の住人とも会ったりすれちがったりした。音の元の白いワンピースの少女の彼女を見つける。私は少年の姿になっている。私は彼女に「なん人も殺そうとした。結局一人の心と自分の魂を殺してしまった」彼女「私も殺した自分を」彼女は泣いた。そして彼女「もう殺す必要はない」その言葉にいやされたのか』
ナース「もう5分過ぎていますよ。まだですか?」
広「まだ。まだ書いている。重要な夢なんだ。もう少し時間が欲しい」
ナース「分かりましたもう少しだけ待ちますね」
広日記『私と共に彼女はハグして涙流して2人で泣いた。泣き終わり私は「あなたの曲にいやされた。またあの曲を聞きたい。あなたの曲をまた聞かせて欲しい」ハグし合って私は彼女に思いを言いながらいると次第に距離が離れて行き手を伸ばし目が覚めた。そして彼女と夢の中から別れてしまった。ハグし合っている彼女から離れてしまうようでさみしかった。また夢で会えるかな』
広「書き終わった」
ナース「それでは拘束させてもらいますね」
広日記『いつものように7時頃朝食』
広日記『10時40分過ぎ朝食を片付けてもらう時にお風呂の予約をナースさんに取ってもらって入浴』
広日記『11時頃隔離室に戻る』
広日記『12時頃昼食。白米は残した。昼食までは眠ったり起きたりを繰り返した。ナースさんが食器を片付けに来るまでの、わずかな時間に夢の内容の訂正しておきたかった箇所と、昼食までの大まかな記録を日記に書いた。続きは面会時にしよう。とりあえずまた眠ろう。』
広日記『14時波姉面会に来る。波姉は私が質問したら答えた。私「退院について海里と昨日は話した?」波姉「火曜日に先生と話し合うって」やはり母も火曜日まで待つつもりか。波姉の話しによると、とうとう連日の暑さで熱中症で運ばれる人が、出ている報道がされているようだ。毎回面会に来てくれる母と波姉も「暑い」を繰り返しながら来るから心配だ。』
広日記『16時35分家族のいる内にしか、手の拘束は外れないが外れている内に出来るだけ日記を書く。今日の夢はナースさんに頼み書かせてもらった。キレイに訂正した箇所は朝食時や昼食時や面会時の拘束が外れた時に訂正したのだ。なぜかそれほど今日の夢が重要に感じた。』
広日記『16時40分波姉が「海里が今電車に乗ったって、メッセージで連絡来たよ」と言った。今日は本当に波姉のあとから来るようだ。海里もそろった時に改めて退院についての話しを切り出そう。それまでは波姉とたわいもない話しをしたり、日記書いて過ごすしかあるまい。』
広日記『17時8分母面会に来る』
波音は海里と入れ替わりのように帰ると海里が来る前に広に言っていた。しかし海里はそんなこと知ってか知らずか、たわいもない話しをし始めた。広はこの3人で話せる僅かな時間を無駄にしたくなくて、海里の無駄話しのオンパレードを停止させるように口を開いた。広「あのさ2人で話していたことを聞かせて欲しい。退院について、昨日2人が話したこと。私はもう退院したい。ここに居てももう治療になってない。逆効果だよ。この烏山大学病院に自殺まで追いやられた。だから早く退院したい。もう無理。ガマン出来ません」
海里「その退院したい気持ちは理解してあげたいけど、火曜日先生と話すまでは、今回の入院の仕方が仕方だから、すぐに退院はさせてあげるのは難しい。本来なら広の気持ちを汲んで退院させたい。とりあえず保健所の保健福祉士の人と面会させたいから、それに外出の許可も取りたいし、広が安全な人として周りの人に証明させたい。だから火曜日まで待って。広が心優しい人だって家族は分かっているから。あとは周りの人も安心させられるようになる為に頑張って。ママ達も先生も頑張っている。みんな戦っている。広だけじゃない」波音は「うーん」となにも言えないが言いたげそうな感じで2人の意見は分かりたいような、うなり声を小さく上げるだけだった。波音「じゃあ帰るね」
広「分かった。話しを聞いてくれてありがとう。またね」
広日記『17時20分波姉帰宅。ハグしてもらい手を振り別れた。その後母が残り、私は日記に会話を書いたりして過ごした。夕食は完食。母と波姉が居る間に退院の思いを伝えられた。』
広日記『20時母帰宅。ハグして握手して「またね」と言って別れた。面会終了まで5分前のアナウンスがあってからだ。海里「明日は出来たら13時に来るよ」私「明日眠っていたら起こして眠りという現実逃避をして目覚めた時に誰もいないよりマシ」海里「分かった」明日13時過ぎには母が面会に来る。』